ATAC会員ブログ -No.5
ATACでは月に2回研究会を実施しており、会員はジャンルを限定せず、順番に日頃の考えをプレゼンしています。
そのプレゼンから会員投票で興味ある内容(エッセンス)を毎月、掲載しています。
南アルプスと中央アルプスの峻険な稜線を仰ぎ、天竜川の清流が豊かな森を育む山あいの村。私の故郷は、厳しい自然と寄り添いながら、農業の営みが脈々と受け継がれてきた場所です。
その生家の敷地内に、明治の世から百有余年、沈黙を守り続けてきた「蔵」があります。子供の頃の私にとって、蔵は少しばかり恐ろしい場所でした。いたずらをした時のお仕置きとして閉じ込められる場所であり、家宝が眠る不可侵の領域。特別な手伝いがない限り、その重い扉を開けることはありませんでした。
後期高齢者となった今、私はその蔵の内部をまじまじと見つめる機会を得ました。老朽化が進んだ蔵を補修し、次世代へ繋ぐ決心をしたからです。
蔵という「守護」の建築
蔵は、単なる倉庫ではありません。火災や風雨から家財を守り、盗難を防ぐための強固な「要塞」です。その堅牢な造りには、先祖が必死に守り抜こうとした暮らしの重みが詰まっています。
修繕にあたり、暗がりに目を凝らしていた私を驚かせたのは、二階の梁に記された墨書きでした。 通常、梁には「棟札(むなふだ)」のように建立の記録が記されることはありますが、そこにあったのは風雅な文字で綴られた歌のような言葉でした。地元のベテラン大工さんに尋ねても、「数多くの蔵を見てきたが、このような記載は初めてだ」と驚きを隠せませんでした。
墨書きが語る「職人の粋」と「家族の願い」
明治の職人が梁に遺した、直筆の墨書き
当時の情緒が今も息づいている
この墨書きは、建築当時の棟梁、あるいは家主が、建物の完成を祝って書き記したものと思われます。
AIで判読を進めると、次のように解釈できます。
霜は氷 井は深山なる 宮の池の ぬれたる木には 火はもえじとさ
そこには厳しい冬の情景や、建材となった木々への感謝、あるいはこの家が末永く繁栄することを願う詩的でありながらも、強い決意を秘めたメッセージが浮かび上がります。
現代の家づくりは効率と規格化が優先されますが、明治の職人たちは、木材一本一本と対話し、その強靭な梁に「魂」を吹き込んでいたのです。お仕置きの場所だと思っていた蔵は、実は先祖たちの深い愛と祈りに満ちた、最も神聖な空間だったことに気づかされました。
コンサルタントとして思うこと
私たちは日々、ものづくりや経営のコンサルティングを通じて、目に見える成果や数値を追い求めています。しかし、真に価値ある「もの」には、必ず語られるべき「物語」が宿っています。
この梁の墨書きは、私に大切なことを教えてくれました。 「何を造るか」だけでなく、「どのような想いで遺すか」。 老朽化した蔵を直すことは、単なる建物の修復ではありません。先人が遺した祈りを再解釈し、未来の子供たちへバトンを渡す行為です。
私たちの仕事もまた、百年後の誰かがその軌跡を見たときに、温かな体温を感じてもらえるようなものでありたい。
故郷の風に吹かれながら、そんな決意を新たにしています。
私の趣味(その2- 落語)
ATAC会員 辻阪京子 投稿日 2026年4月25日
ATACのメンバーの多くは技術系のお仕事をされていた方が多く、技術的な面で読者の皆さんにこの場を借りて有益な情報をアップされていますが、私は技術系のお客様のサポートはさせて頂いているものの、具体的な内容は記載できませんので趣味のお話を投稿させて頂きます。私自身が、今の年齢になって趣味があって良かった、日々充実していると感じられるので、皆さんにも何かのきっかけになればと思います。
【60の手習いで始めた趣味】
以前から気になっていた和楽器の演奏に挑戦したくなり、老後に向けてボケ防止にも役立つ事を考え、三味線を習うことに決めました。三味線は、右手と左手が全く異なる動きをし、しかし知人の紹介とかで知り合ったお師匠さんは年配の方でした。最低でも20年は続けたい私には、やはり自分よりは年下の師匠をとネット検索をしたところ、自宅から歩ける距離に教室を発見し、直ぐに入会し、お稽古に通い始めました。三味線については「私の趣味(その1)」でお話をしました。
その教室が三味線のみならず和の教室(舞踊、筝、鳴物、篠笛、着付け、落語、書道)が併設されており、色々な体験もできる環境にあった事で、また次に興味が広がりました。落語をです。最低でも10分のネタを覚えて人前で披露する、これもなかなか奥の深い世界である事が分かりました。
【新しいお稽古事を始めて良かったこと】
・芸事と言う新しい世界を知った事
・通常の生活では出会わない業種の老若男女と知り合った
(年齢的には、下は小学生から80歳まで。業種的には教育機関、医療従
事者、金融機関、大企業の研究者・営業、エンジニア、マスコミ関
係、弁護士、公務員、不動産関係、デザイナー、風俗関係など…)
・次々に挑戦する事が増えた(唄、鳴り物、落語)
・人前で演じる機会が増えた
・着物を着る機会が増えた
・コロナ禍でも在宅で出来ることが山ほどありました。
何よりも毎日が楽しい!
【上方落語の歴史】
・元禄時代に京都に露の五郎兵衛、大坂に米澤彦八が現れ、神社の境内
などで滑稽な話を演じて人気を博す。この二人を上方落語の始祖と
する。
・寛政時代に初代 桂文治が初めて寄席をつくり落語を演じる。
その後、現在でもおなじみの、笑福亭、林家(屋)、月亭などを名乗
る落語家が登場する。
・幕末の頃、桂の系統から初代 桂文枝が登場し、笑福亭、林家、立川と
ともに4派を形成。桂派・三友派が鎬を削り明治期の隆盛を迎える。
・昭和22年に戎橋松竹開場。戦後初の落語を中心にした常打ち寄席の
開席。
・昭和25年~28年、笑福亭松鶴・桂春團治・立花家花橘・桂米團治が
相次いで亡くなり、「上方落語は滅んだ」と報道されるが、上方落語
の意気を見せようと「大阪落語倶楽部」が発足。名を連ねたのは
36名。
・昭和32年に「上方落語協会」結成。道頓堀「角座」がオープン。
・平成8年、桂米朝が上方落語界初の重要文化財保持者(人間国宝)に
認定される。
・平成18年、上方落語界悲願の落語定席「天満天神繁昌亭」開席。
協会員200名超。
・令和元年、天満天神繁昌亭リニューアルオープン。
【上方落語家名鑑】
・桂 米朝 一門(人間国宝、桂米朝を中心とした一門。枝雀、ざこば、
南光ほか、月亭可朝一門、八方なども含まれる)
・笑福亭 松鶴 一門(「上方落語の四天王」の1人である6代目笑福亭
松鶴を師と仰ぐ落語家の一門。仁鶴、鶴光、鶴瓶ほか、松之助-明石
家さんまも含まれる)
・桂 文枝 一門(「上方落語の四天王」の1人、5代目桂文枝を頂点と
する落語家の一門。6代目文枝、文珍、小文枝、小枝、あやめほか)
・桂 春団治 一門(「上方落語の四天王」の1人、3代目桂春団治を頂点
とする落語家の一門。福団治、4代目春団治、春蝶ほか)
・露の五郎兵衛 一門(2代目露の五郎兵衛を頂点とする落語家の一門。
現役最年長・最古参の女性落語家露の都らがおり、女性率は上方落語
界の中では高い)
・林家 染丸 一門(上方落語協会初代会長3代目林家染丸を師と仰ぐ、
上方落語家の一門。代々、ハメモノを得意とし多くのハメモノネタを
発掘継承している。)
【2025年は桂米朝生誕100年、没後10年】
上方落語界で初めて重要文化財保持者(人間国宝)に認定された桂米
朝師匠が、2025年に生誕100年、没後10年と言う事で、各地でイベ
ント、米朝一門の記念落語会が開催され、NHKでもテレビやラジオで
様々な番組が放送されている。
【落語の高座】
・落語の高座は江戸落語と上方落語とで異なる。基本的には江戸落語で
は見台、膝隠しは使用しないが、近年では使用する場合もあるし、
上方落語でも見台、膝隠しを使用しない場合もある。
【落語の小物】
・落語の小物は、扇子と手拭い。扇子は長さが七寸五分(約23cm)の
平骨の無地とされているが、上方落語では色付きや柄入りを使用され
ている場合もある。あおぐだけではなく、「箸・キセル・筆・刀・
釣り竿」などに見立てて用い、柄で床を叩いて、戸を叩く音を表現す
ることもある。落語業界では、扇子のことを「風」と呼ぶ
・手拭いは、「紙入れ(財布)・タバコ入れ・手紙」などに見立てて
用い、落語業界では、手拭いの事を「まんだら」と呼ぶ。
【落語の着物】
・落語の着物は、普段は着流しに角帯。羽織を身に着ける事もあるが、
江戸落語では「二つ目」以上に許されており、前座は着ることが許さ
れていない。上方落語では「二つ目」「真打」と言う制度が無いので
厳密ではないが、前座(最初の演者)は羽織を着ない事もある。羽織
は、まくらが終わって、噺の本題に入るタイミングで脱ぐことが
多い。
・黒紋付と袴を着用するのは、〇〇周年や襲名披露などの口上のある際
に身に着ける。女性は決まりが無く、小紋や紬の着物を着る事が多
い。動きが激しい演目の場合は袴を身に着ける事もある。
【趣味は素晴らしい】
私の周りでも元気な方の殆どが趣味をお持ちで楽しんでおられる。
カラオケやコーラスで唄う、ピアノを弾く、絵画を描く、陶器作り、釣り、ゴルフ、登山、旅行、観劇、ダンス、囲碁、将棋、麻雀など、皆さんお好きな事に没頭されている。
私自身もボケ防止で始めた事にはまっており、今では生活に無くてはならないものになっている。
落語を習い始めてからは、以前にも増して落語を聴く機会も増え、大笑いをする機会も増えた。笑う事は免疫力の向上にも役立つと言われているので、健康にも役立ってくれている。
スパコン富岳を見学しました
ATAC会員 坂井公一 投稿日 2026年4月12日
三宮からポ-トライナ-に乗り、計算科学センタ-駅から歩いて3分の所に世界に誇るス-パ-コンピュ-タ富岳が有り、有志10名と見学してきました。
エントランスホ-ルに1世代前の「京」と一緒に「富岳の主要部のモデルが展示されています。

コンピュ-タを高速で動かすにはCPUからの発熱を効率よく逃がすのが一つの鍵で、富岳は世界のスパコンの多くと同じ、CPUに密着させた銅製のプレ-トに冷水を流して放熱させるDirect Liquid Cooling方式が採用されています。
展示を見た後で係員に6階に案内され、階段教室で富岳の特長を丁寧に説明を受けた後にプレゼン映写のスクリ-ンが上がると、そこにはニュ-スなどで見た整然と並ぶ富岳の姿が現れました。それは息をのむ瞬間でした。
ガラス越しですが、直接水冷方式なので空調の音や振動もなく、まさに整然と並ぶ世界トップレベルの計算機でした。
床下に冷却や電力供給、インタ-コネクトなどを収めており、また地震対策として建物の下部にゴムと鋼板をサンドイッチした免震構造が採用されており、水平振動には90cmの空間を設けているとの説明でした。

富岳設置場所から会議室に移り、スパコンで計算している内容の説明を受けました。稼働の60%が大学や各種研究所のテーマ、40%が民間の案件を計算処理しているとのことで、気象・気候変動、生命科学、防災、宇宙素粒子物理学、社会科学のテーマが多く、商業ビルや大型バス火災のシミュレ-ション、30mx40mの空間に50人が入っていた場合のパニック時の群衆行動など、実際に多数の犠牲者が出た社会事件のシミュレ-ションをスパコンで解析しているとのことです。自動車の衝突時の安全性も、全部実車で行う時間と費用をスパコンのシミュレ-ションで一部代行しているようで、それだけ計算精度が上がっているとのことです。興味あるところではドラマの本能寺炎上のシュミレ-ションは同時期建築の建物が京都には残っており、そのデータも組み入れて1か月くらいかけてシミュレ-ションしたとのことです。
大学や大企業、行政のテーマだけでなく、家族経営の金型製作会社からの要請にも応じて計算処理を受託しているとのことで、メンテナンス時間を除いて稼働率は常に90%以上とのことです。
日本を代表する数学者の話では、「数学は宇宙で起きるほぼすべての現象を説明出来る」、「数学は広い宇宙だけでなく、人間の体や日々の生活も支配している」(日経2026年3月29日号)とのことです。
現在活況のAIや暗号資産、自動運転、アンドロイド型ロボットの大きな技術革新を支えるのは数学であり、スパコンはそれらを裏付けする重大な役目を担っています。さらにすでに「富岳NEXT」の開発が進んでいるとのことでした。